東京都知事の研究
Study on the Governors of Tokyo Metropolitan Government



明石書店刊
838頁 9800円+税


はじめに

 月旦という言葉がある。月の第一日という意味であるが、この言葉には、そのほかに人物評というもう一つの意味がある。漢代、特に後漢の末期に人物評価が盛んであったのは、名声と富を獲得できる官吏に登用されるには、郷里における人物評、とりわけ親に対する孝が重要であったからである。三国の魏を興すことになる曹操が、若いときに「治世の能臣、乱世の姦雄」と評されて喜んだというのはあまりにも有名な話であるが、それはこのような時代背景においてであった。曹操をそのように評したのが、頴川郡の許靖と許劭であった(『後漢書』「許劭伝」)。ふたりは毎月のはじめ(月旦)に郷党の人物評をしたが、その評価が当を得ていたので評判となり、月旦が人物評の意味を持つようになったのである。許靖の従兄弟の許劭は若死にしたが、許靖は後に蜀の劉備の下で司徒(三公の主席)となった。許靖を採用するときに法正が劉備にむかって「許靖の虚名は天下に知れ渡っている(から優遇しないわけにはいかない)」といったという(『三国志・蜀志』「法正伝」)から、許靖の人物評論家としての世評は高かっのである。
 許靖や許劭はむしろ例外であって、古来、人物評は難しいとされている。それなのに、あえて都知事の人物評を試みようとするのは、ひとえにわが国の政治家評が盛んになるこを願ってのことである。都知事評が契機となって政治家評が盛んになれば、優れた政治家が輩出する可能性は高くなるし、都民の政治意識が高くなれば、わが国でもともと弱い草の根民主主義の根を強くすることを期待することができる。少なくとも、国際化と自由化と情報化にゆれるわが国の政治状況を、これ以上悪化させることを防止することはできるだろうというわけである。
 東京都政は、わが国全体に大きな影響を与えることができる。美濃部都政は、都民参加とともに福祉や公害対策の分野で先導的な役割を果たし、住民自治を進展させようとしたが、時期が早すぎて財源の確保でつまずいた。鈴木都政は、地方分権の追い風が吹き始めていたのに、歴史的な役割の自覚を欠いていたために、地方分権で指導的な役割を果たすことができなかった。青島都政は、都民の期待を裏切って、職員に対するリーダーシップを発揮することもでずに、財政危機を放置して一期で幕を閉じた。石原都政は、評価するにはまだ早すぎるが、知事本人の意気込みにもかかわらず、歳入不足を前にしてわが国の将来にかかわる構想力の不足のために立ち往生しそうである。
 人物評が難しいのは、評価する時点とも関係している。筆者の生きた時代でいえば、第二次世界大戦の前と後では、大いなる価値観の転換が行われた。主権者は天皇から国民となり、忠君愛国と滅私奉公は民主主義と個人主義に取って代わった。今後は、これほどの価値観の大転換はないとしても、変わりやすい世論に振り回されていると、評価基準のあいまいな評価になりかねない。そこで、本書では、2050年頃のわが国の状況を想定して、そこから20世紀後半の都政を照射して、その中で都知事の評価を試みることにした。その結果が成功しているかどうかは読者の判断に待つしかないが、所期の目的である政治家評が盛んになることを期待したい。

目  次 2001.12.7

はじめに
第1章 政治と行政
 第1節 国と地方公共団体の制度的枠組み
  1 国民主権と代議制民主主義
  2 三権分立
  3 政治とは何か
  4 行政とは何か
   (1)統治機関からサービス機関へ
   (2)議会との関係
   (3)行政の裁量幅
   (4)行政の継続性とパーキンソンの法則
   (5)国民主権と都政のあり方
 第2節 国と地方公共団体の関係
  1 機関委任事務と法定受託事務
  2 国庫支出金と地方交付税
  3 地方債の許可制度
  4 東京都と区市町村
第3節 都民の政治意識
  1 都知事と都議会議員の選挙の投票率
  2 都議会の傍聴者数
  3 請願と陳情
  4 直接請求
  5 情報公開
  6 住民監査請求
  7 都政への要望
  8 国政選挙と投票率
第2章 政治と選挙
 第1節 国政と政党政治
  1 政党の役割
  2 内閣の変遷
 第2節 都知事選挙
  1 人口・有権者・投票者の推移 
  2 得票数と投票率
   (1)有力候補者の得票数と得票率
   (2)投票率と当選者の得票率
   (3)有力候補者の得票数 
 第3節 都議会議員選挙
  1 1965(昭和40)年の選挙
  2 1969(昭和44)年の選挙
  3 1973(昭和48)年の選挙
  4 1977(昭和52)年の選挙
  5 1981(昭和56)年の選挙
  6 1985(昭和60)年の選挙
  7 1989(平成元)年の選挙
  8 1993(平成5)年の選挙
  9 1997(平成9)年の選挙
  10 2001(平成13)年の選挙
 第4節 議会と知事の抑制均衡
  1 制度的枠組み
  2 議案と審議結果
  3 議員の与党化と根回し方式
  4 議員数と会議費
第3章 景気と財政
 第1節 財政制度と都財政
  1 国と地方公共団体の財政関係
   (1)国税と地方税
   (2)国庫支出金
   (3)地方交付税交付金
   (4)行政サービスと税負担
  2 都区財政調整制度
   (1)事務配分
   (2)調整三税と調整率
   (3)財政調整交付金
   (4)特別区財政調整制度と自治権拡充
  3 特別区と市町村の財政
   (1)23特別区
   (2)市町村
  4 国税と地方税と都税
  5 景気と都財政
  6 歳入と歳出の関係
 第2節 都財政の変動
  1 財政規模
  2 歳 入
   (1)歳入内訳
   (2)歳入構成比
   (3)都税収入の推移
   (4)都民税と事業税
  3 歳 出
  4 都債現在高
  5 基 金
 第3節 行政組織と職員数
  1 行政組織
  2 職員定数の推移
  3 人件費の増大
  4 職員の一般的構成
  5 職種別構成
  6 年齢別構成
  7 人事委員会と公平委員会
第4章 評価基準
 第1節 東京都知事の役割
  1 政治家
  2 組織のリーダー
 第2節 政治家
  1 人間観
  2 歴史意識
  3 先導的役割
  4 政策集団
  5 選挙公約
  6 対都民
  7 対議会
  8 対区市町村
  9 対国政
  10 都市外交
  11 後世への遺産
 第3節 組織のリーダー
  1 リーダーシップ
  2 決断力
  3 政治任命職
  4 職員の支持
第5章 美濃部都政
 第1節 一期目
 T 都知事選挙
 U 施策の特徴
  1 革新都政の誕生
   (1)対話集会
   (2)調査機関の活用
    (3)競争事業の廃止
    (4)朝鮮大学校の認可
  2 シビルミニマムの計画化
  3 社会福祉の拡充
   (1)社会福祉審議会と児童福祉審議会
    (2)先導的福祉の展開
  3 教育の充実
   (1)小中学校教育
   (2)高等学校
   (3) 都立大学  
   (4)私学振興
   (5)社会教育
  5 公害対策
   (1)公害の拡大
   (2)公害防止条例の制定
   (3)公害防止体制の拡充
   (4)都民を公害から防衛する計画
   (5)公害防止策
  5 同和対策
  6 災害対策
  7 保健医療の充実
  8 消費者対策
  9 労働者対策
   (1)生涯職業訓練体系)
   (2)労働時間の短縮
   (3)労働関係
  10 安全な都市
   (1)区画整理事業
   (2)市街地再開発事業
   (3)駅前広場
   (4)連続立体交差事業
   (5)共同溝
   (6)路面電車の撤去
  11 一世帯一住宅
  12 新宿副都心
  13 水資源の開発
  14 小笠原諸島の返還
第2節 二期目
 T 都知事選挙
 U 施策の特徴
  1 社会福祉の拡充
   (1)先導的福祉
   (2)保健医療対策
   (3)難病対策
   (4)精神障害者対策
   (5)老人介護人派遣事業
   (6)都立病院の近代化
   (7)老人医療センターの創設
  2 公害対策の展開
   (1)大気汚染対策
   (2)水質汚濁対策
   (3)産業廃棄物
   (4)土壌汚染対策
  4 都民参加の都政
   (1)新しい都市計画道路
   (2)日照の確保
   (3)ごみ戦争
  5 区長公選の復活
  6 ドル・ショック
   (1)列島改造論
   (2)物価問題特別委員会
   (3)中小企業の救済事業
   (4)ドル・ショックと財政状況の急変
  7 新財源構想研究会
  8 自然保護と開発規制
  9 多摩地域の都市化
  10 本庁舎建設
 第3節 三期目
 T 都知事選挙
 U 施策の特徴
  1 社会福祉と公害対策
   (1)社会福祉の拡充
   (2)心身障害児の全員入学
   (3)女性の地位向上
   (4)公害対策
   (5)環状七号線沿道の環境改善
   (6)六価クロム
   (7)ごみ対策
   (8)総合治水対策
   (9)災害予防
  2 石油ショックと都民生活防衛
   (1)石油ショック
   (2)都民生活防衛
   (3)物価局の設置
   (4)中小企業の救済
   (5)緊急法外援護
   (6)消費生活条例
   (7)経済環境の激変と財政収支の悪化
   (8)新財源構想研究会の提言
  3 財政戦争と起債訴訟
   (1)財政戦争の宣言
   (2)都税収入の激減
   (3)行財政緊急プロジェクト・チーム
   (4)赤字限度額と実質収支
   (5)組織改革
   (6)行財政三か年計画
   (7)財政健全化計画
   (8)起債訴訟
   (9)財政健全化計画の再提出


 第4節 財政面から見た美濃部都政
  1 財政状況の推移
  2 財政分析
   (1)歳入
   (2)歳出
   (3)歳入と歳出の関係
  3 財政危機と財政自主権
 第5節 美濃部知事の評価
  1 政治家
  2 組織のリーダー
第6章 鈴木都政
 第1節 一期目
 T 都知事選挙
 U 施策の特徴
  1 財政再建
   (1)財政再建予算
   (2)財政再建委員会
   (3)財政再建の推移
  2 マイタウン構想
   (1)マイタウン構想懇談会
   (3)東京都長期計画
  3 社会福祉政策の転換
   (1)国際障害者年
   (2)女性の問題
  4 環境アセスメント
  5 販路拡張の拠点整備
  6 防災対策
  7 文化政策
  8 都区制度改革
  9 多心型都市形成
  10 国際交流
  11 庁舎の移転
 第2節 二期目
 T 都知事選挙
 U 施策の特徴
  1 財政基盤の強化
   (1)活力ある都政をすすめる懇談会
   (2)基金の積立
   (3)第二次長期計画
   2 福祉政策
   (1)社会福祉施策
   (2)エイズ対策
    (3)ホームヘルプ事業の転換
    (4)国際障害者年東京都行動計画
    (5)福祉のまちづくり
    (6)女性の問題
   3 環境対策
    (1)緑の倍増計画
    (2)自動車公害防止計画
    (3)東京湾の浄化対策
    (4)地域冷暖房の推進
   (5)総合治水対策
   (6)三宅島と三原山の噴火
  4 国際交流
   (1)国際協力
    (2)国際会議
   5 文化行政
    (1)文化施設
    (2)文化の国際交流
   6 区市町村制度改革
   7 シティ・ホール建設構想懇談会
   8 交通網の整備
   (1)都営地下鉄12号線
   (2)多摩モノレール
   (3)道路交通網
   9 臨海副都心
 第3節 三期目
  T 都知事選挙
  U 施策の特徴
   1 第三次長期計画
   2 基金の積立
  3 福祉政策
   (1)高齢化対策
   (2)コミュニティ・ケアーの推進
   (3)福祉のまちづくり
   (4)中国帰国者の援護
   (5)女性の問題
  4 環境管理計画
   (1)東京環境管理計画
   (2)窒素酸化物対策
  5 住宅対策
  6 中小企業対策
  7 国際交流
  8 都庁舎の移転
  9 都市交通の整備
   (1)交通網の整備 
   (2)地下鉄12号線
   (3)多摩モノレール
   (4)多摩自立都市圏
   (5)放置自転車
  10 臨海副都心の整備
第4節 四期目
  T 都知事選挙
  U 施策の特徴
   1 総合実施計画
   2 臨海副都心の整備
   3 世界都市博覧会(東京フロンティア)
   4 財政危機
   5 福祉政策
   (1)高齢者対策
   (2)国際障害者年の新行動計画
   (3)福祉のまちづくり
   (4)女性の問題
   (5)福祉人材確保
   (6)消費者対策
  6 環境管理対策
   (1)窒素酸化物対策
   (2)水辺環境保全計画
   (3)リサイクル型都市づくり
   (4)清掃事業
   (5)未利用エネルギー
  7 住宅対策
   (1)第三次長期計画の住宅対策
    (2)住宅マスタープランの策定
    (3)住宅基本条例の制定
    (4)地価動向
   8 中小企業対策
  9 防災対策
  10 国際交流
  11 都区制度改革
  12 首都機能移転
  13 多摩東京移管百年事業
   14 箱もの
 第5節 財政面から見た鈴木都政
  1 財政状況の推移
  2 財政分析
   (1)歳入
   (2)歳出
   (3)歳入と歳出の関係
   3 財政危機と財政自主権
  4 美濃部都政と鈴木都政の比較
   (1)歳入構成比
   (2)歳出構成比
 第6節 鈴木知事の評価
  1 政治家
  2 組織のリーダー
第7章 青島都政
 第1節 一期目
 T 知事選挙
 U 施策の特徴
   1 世界都市博覧会の中止
   2 臨海副都心の見直し
   3 破綻2信用組合への融資停止
   4 生活都市東京構想
   5 情報公開と訴訟
   6 路上生活者の強制退去
   7 資源循環型社会づくり
   8 国籍条項
   9 首都機能移転 
   10 行政改革
 第2節 財政面から見た青島都政
  1 財政状況の推移
  2 財政分析
   (1)歳入
   (2)歳出
   (3)歳入と歳出の関係
  3 財政危機と財政自主権
第3節 青島知事の評価
  1 政治家
  2 組織のリーダー
第8章 石原都政
 第1節 一期目
  T 都知事選挙
  U 施策の特徴
   1 財政再建
    (1)財政再建プラン
    (2)東京都税制調査会答申
    (3)外形標準課税
    (4)ホテル税
    (5)機能するバランスシート 
  2 長期計画
    (1)危機突破・戦略プラン
    (2)東京構想2000
   3 新債券市場の創設
   4 道徳教育の導入と学区制の再検討
    (1)東京の未来をひらく新しい教育の展開
    (2)心の東京革命行動プラン
   5 福祉施策
    (1)福祉の見直し
    (2)介護保険
    (3)年金
    (4)都立病院の改革 
   6 ディーゼル車の排ガス規制
   7 横田基地の返還
   8 財政監理団体の見直し
   9 首都機能の移転
   10 地方分権への取組み
   11 臨海副都心開発
   12 カジノ創設
   13 防災訓練
 第2節 財政面から見た石原都政
  1 財政状況の推移
  2 財政分析
   (1)歳入
   (2)歳出
   (3)歳入と歳出の関係
  3 財政危機と財政自主権
第3節 石原知事の評価
  1 政治家
  2 組織のリーダー
第9章 都知事の評価
 第1節 評価
  1 評価の前提
   (1)21世紀の中頃
   (2)少子高齢化の進展と国民負担の重圧
   (3)納税者意識の高揚と税源問題の顕在化
   (4)情報公開と住民自治の徹底
  2 評価
   (1)政治家
   (2)組織のリーダー
  3 評価表
 第2節 都政の課題
  1 自治権の拡充と財政自主権の確立
  2 都から区市町村へ
  3 選挙公約の具体化
  4 職階制の導入

それまでの分析を通じて得られた結果を評価したものが、次の表である(807頁)。

あとがき

 19世紀末以来、世界に類を見ないほどの速度で発展してきたわが国の前途にも、政治や経済の面で20世紀の末から衰退の兆しが見え始めた。この衰退に歯止めをかけて再び発展の方向へ反転させるにはどうすればよいか。この問題提起に対しては、わが国は世界的に見てすでに高い生活水準にあるが、生活に余裕のある今のうちに、主権者である地域住民の自助努力を出発点とする方が、他者からの援助を期待して当面の問題をしのごうとするよりも、長期的に見ると再生の早道なのではないかという考えるようになった。その考えを表現する一つの方法として本書の執筆を企図したのであるが、執筆の期間中に、わが国は衰退の速度を早めたように思われる。このような状況の中で、本書が多くの読者に迎えられて、少しでも草の根民主主義がわが国に定着するのに役立つことを願ってやまない。
 人物評価を計量化することを考えるようになったのは、1970年代の末である。1969年11月から9か月間の海外研修で、PPPSのシステム分析における費用効果分析で計量化の手法を学んだ。その後、1977年から78年にかけてニューヨークに一年間滞在してニューヨーク市の財政制度を研究した時、数値をベースとする議論の展開が、言葉によるよりも説得力があることを知った。1987年に執筆した『史記点描』では、人物評価を軽量化することはできなかったが、1989年に出版した『米国の地方財政』では、数値を基礎とする議論を展開することにつとめた。
 本書の執筆に取りかかったのは、1999年10月で、北陸大学法学部の研究室においてであった。それから2年4か月の間、東京都政の関係資料を求めて、しばしば東京都中央図書館の東京室を訪れるとともに、都政の現場にいる多数の職員からも資料の提供を受けた。特に、東京都財務局主計部に在職したときからの畏友である江崎信治氏には、原稿の点検や校正など、一方ならぬお世話になった。ここに記して、お世話になった皆さんに厚くお礼を申し上げたい。
出版不況といわれている中で本書の出版を快諾された明石書店の石井昭男社長とグラフや数表の面倒な編集を担当された遠藤芳文氏に、改めてお礼を申し上げる。